香港の歴史と文化と、しょっちゅう怪談

香港の歴史や文化にくっついてる怪談話を聞いてください

湾仔の有名訳あり物件 (凶宅)

香港にも日本と同様、「訳あり物件(広東語:凶宅)」があります。

香港で有名な凶宅の一つが湾仔(ワンチャイ)にあります。そこは2007年に入居が始まってから5年後、エイズを患っていたお医者さんが飛び降り自殺。

その時点で「凶宅」との噂が経っていました。正直なところ、自殺者が1名でそのマンション自体が「凶宅」と言われてしまうのは無理があります。

そのマンションの建っている場所に問題があるんだなと思いました。場所は「幽霊スポット」として有名な「船街(Ship Street)」にあるんです。

船街には「南固臺(Nam Koo Terrace)」という赤レンガで西洋風の建物に、中国風の装飾が施された美しい建物があるのですが、そこは日本軍が香港を占領していた時代に高級幹部を相手にする慰安所として使われていたようです。そこでは恨みを持って亡くなった女性達が、幽霊となって現れていると言われていました。「幽霊の手招きを見た」「廃墟となっている建物の中から女性の悲鳴が聞こえた」などの話が伝わっています。

今回取り上げている「凶宅」は、その幽霊スポットである建物「南固臺」と同じ道にあります。「船街の通りは全体が幽霊スポット」という香港人も昔はいたので、「南固臺」から離れていても意味がないのかもしれません。

ちなみに開発業者もめちゃくちゃ意識しており、その凶宅マンションの住所は「船街」ではなく他の道の名前になっています。(思いっきり「船街」に面して建てられてるのでかなり無理はありますが。)

船街(Ship Street)

ちなみにですが、このように物件が「凶宅」認定を受けると、相場より大体1割〜2割ほど家賃が安くなります。凶宅は香港人が極度に嫌がるため、そう言うマンションは何も気にしない外国人が主に住むことになります。

 

話が飛びましたが、このような背景があり、自殺された方が出た時「やっぱり」という空気になったと思われます。そして「凶宅」認定を確実に受けてしまう事件が追い討ちをかけるように起こりました。

 

2014年にこのマンションの一室で、イギリス人の男が自宅で女性を2人殺害するという凄惨な事件が起こりました。これは香港でも大きく報道され、今でもネットで事件内容を知ることができます。この事件が起きたとき「やっぱり凶宅なんだね」という感じになっていました。実はその当時、私の友人がそのマンションに住んでいて、ちょっと不気味な体験をしていました。

友人は全く幽霊を信じていません。(だから凶宅に住んでいたのですが)

事件発覚の翌日、友人は出かけようとエレベーターに乗りました。ボタンを押し、降りていくエレベーター。

すると事件が起きた階でとまりました。「あ、誰か乗ってくるんだな」と深く考えていなかった友人。扉が開いた途端、むせかえるような線香の匂いがエレベーター内に入ってきて、少し怖くなったそうです。(香港の線香は匂いが強く、さらに玄関の外で線香をあげたりするため、匂いや煙が広がりやすいです)

まぁ誰か乗るんだろうとしばらく待っていたけど、誰も来ないため、気味が悪くなり「閉」ボタンを思わず必死に押したと言っていました。

「多分、偶然なんだけど、止まったのに誰も乗ってこないとか今までなかったし、よりによって事件の翌日だから、ちょっとビビった」と言っていました。

え、怖。

「牛頭馬頭(ごずめず)」の話。解釈〜沖縄編〜

以前のブログで、地獄の閻魔大王のもとで働く、馬の頭と、牛の頭をした獄卒コンビ「牛頭馬頭」の「馬頭(めず)」が写真に写っていたという話をしました。

https://kaori-neko.hatenablog.com/entry/2024/08/08/233206

「香港の怪談話〜牛頭馬頭(ごずめず)〜」

知り合いから「沖縄では牛頭馬頭ってわかりますよ」と言われ、写真に馬頭(めず)が写った話をしましたら、「馬頭の方ですか。それは死者の魂がこっちに来ちゃってるので、連れ戻しに来たんですね」とのこと。

詳しく聞くと「馬頭の方は、あの世に行かなきゃいけないのにこの世に留まっている魂がいると、やってきて連れ戻すのが役目なんです」

「沖縄は、旧暦でお盆をするんですけど、お盆の最後の日に『エイサー』をするんです。あれはお盆で戻ってきた幽霊に『ちゃんとあの世に戻れよ〜』っていう合図なんです。だから、日が変わるまで太鼓を鳴らし続けるんですよ」

太鼓エイサー(恩納村 瀬良垣 青年会(wikipediaより))

「もしお盆が終わっても帰らなかったら馬頭(めず)がやってきて、魂をあの世に連れ戻すんです。ちゃんと帰らないとペナルティーがあるらしいですよ」

 

馬頭が写っていたという心霊写真。もしかするとその側に、あの世に行かずウロウロしていた魂がいたのかもしれません。もしくは魂を探している最中にうっかり写真に写ったのかも?

ペナルティーがなんなのか、もし牛頭(ごず)の方だったら、どうなのかは聞くの忘れました。香港での解釈はどうなんでしょう。もし詳しい香港の方に出会えたら聞いてみます。

湾仔・星街(Star Street)で怪談が多い理由

香港の賑わう街の一つ「灣仔(ワンチャイ/Wanchai)」は、イギリスの植民地になった後、早くから栄えた街です。

灣仔でも特に「星街(Star Street)」という道を含めた一帯は、香港でも「最猛鬼(最恐)」エリアの一つと言われています。

それには理由があり、香港で一番早い時期(1841年)に外国人墓地ができていたことや、

第二次世界大戦時には、イギリス軍の主要駐屯「ビクトリアキャンプ」があり、その周辺に防空壕が張り巡らされていて、爆弾により防空壕に逃げきれなかった人達が多く亡くなるなど、暗い歴史があるためです。

 

そんな心霊スポットも、数十年前からは高級住宅エリアとして開発されていて、幽霊話を気にしない外国人や一部の香港人が暮らしています。

 

ですが、探せばまだ名残は残るエリア。

香港メディアの記事で、このエリアにまだ古い墓石が残っていて、墓石には「同治3年(1864年)」と刻まれているのがわかったとありました。

 

見に行ってみると、墓石がありました。

 

かなり傾いていて、刻まれた年代は分からなかったのですが、ぽつねんと一つ、残っていました。周りを見渡しましたが、正直、他は分からなかったです。

 

その墓石があるエリアですが、猫さんが多く出没、時には野生のリスもいるようなのんびりした場所になっていました。

 

 

西武百貨店と日本軍の幽霊

香港の一等地にあるショッピングモール(Pacific Place/太古廣場)は以前、

イギリス軍の主要駐屯地の1つ「ビクトリアキャンプ(Victroria Barracks/域多利軍營)」

がありました。第二次世界大戦の1941年12月25日に日本軍が香港を占領してから

日本軍がこの駐屯地を使用していました。

この場所には日本軍の怪談話があります。(なぜかイギリス軍のは聞かないです。

 

怪談1:

1989年にこのモールに「西武百貨店」がオープン。

開会式の際にスタッフや見物をしていた市民が、行進をする日本軍の幽霊が壁を突き抜けて行ったのを目撃。みんなを恐怖に陥れたため、西武百貨店が日本式の供養を3日連続で行いました。

 

怪談2:

真夜中に2人の警備員が監視カメラを見ていたところ、

地下の長いエスカレーターで付近に、日本の軍服を着た人たちが突然現れました。

「こんな夜中に軍服を着た人間が現れるわけがない」、つまり幽霊だと、警備員は慄きました。

 

ちなみに最近は「幽霊を見た」と言う話は聞きません。

時間と共に幽霊も成仏(幽霊話の風化?)していくのでしょうか。

日本軍が使った呪術の謎

香港には日本の占領時代に、日本軍によって手を入れらた建物や場所が数多くあります。

その一つが「禮賓府(Government House)」。日本で言うところの首相官邸です。

実はここが「日本軍が呪術を施した」と言われる場所の一つになっています。

禮賓府は日本軍が占領後、日本の象徴となるよう改修されました。屋根に瓦を葺き、室内は畳を敷いた和室や茶室を設置し、庭は京都から造園師を呼んで設計、日本風の塔まで建てられたそうです。(第二次世界大戦終了後、ほとんどは取り壊されましたが、瓦葺の屋根は今も残っています。)

禮賓府(屋根が瓦葺きになっています)

 

そして時は流れ、2012年7月1日、当時の香港メディアが「禮賓府から日本軍が刺した『厭勝棒』が出てきた」と写真付きで大々的に報道しました。(香港の方は「厭勝」というと呪いだと分かるようです。ちなみに「厭勝の術」というのがあり、藁人形を使った呪い方のようです)

記事の大まかな内容は以下となります。

「1946年にイギリスに再び主権が戻り、当時の香港総督が官邸内の改装を始めた。その時、建物の中で奇妙な大きな木の棒を見つけたので、それを抜くよう指示したが、抜こうとするたびに事故が起きるため、皆怖がって、抜こうとしなくなった。

  2006年に、当時の香港特別行政区長官が風水師を呼び、棒の呪いを鎮めるため、祭壇を作らせた。」

そしてその木の棒の写真がこちらです。

2012年7月1日 アップルデイリーより

 

「株式会社清水組」

現・清水建設の社名がしっかりと入っています。これってもしかして、地鎮祭かなんかでは??

 

私は地鎮祭などには詳しくなく、ネットで調べましたが、このような木の棒を刺しているようなものは見つかりませんでした。清水建設さんにお聞きしようと思っています。

 

今回、なぜ「木の棒=呪術」になったかというと「国家の龍脈(国を反映させるために重要な気の流れがある場所)の要所に金属や木の棒を突き刺すと、その国の人や物は分断されるので、日本軍はそうやって占領した土地を永遠に自分のものにしようとした」と香港の人達は考えたのです。

もし仮に呪いだとしても、一企業の名前が堂々と入るなんてことはないと思います。きっとこの木の棒の裏にまだ何か書かれているんじゃないかと思いうのですが、そこまでは分かりませんでした。

あー、気になる。

 

香港の日本兵にまつわる怪談話

香港は過去に、日本軍に占領された時期があったので、日本軍にまつわる怪談があちこちに残っています。

日本にいる時は、第二次世界大戦時代の日本兵の怪談話を身近で聞いたことがなかったため、外国に来て、むしろ身近にあることに不思議さを覚えました。

今回の怪談は、香港の中心部セントラル(Central/中環)にあるBridges Streeteでのお話。

 

セントラルにあるBridges Streetでは、当時、日本兵が占拠していた建物がありました。そこでは毎日、行進訓練などが行われていたようです。1945年に日本が無条件降伏をしましたが、一部の日本兵はそれを受け入れられず、軍営内で集団自殺をしました。

その後、香港政府がその場所にアパートを建設したのですが、夜中になると「軍隊が行進する音が聞こえる」「日本兵が話し声がする」「兵隊の泣き声がきこる」と多くの住民が証言したとのことです。

 

Bridges streetに残る建物。*今回の怪談話とは関係ありません。

 

幽霊の力を借りた香港の夜の商売

香港では正当でない業種「偏門行業」と呼ばれるものがあります。

簡単にいうと夜のお商売。バー、カラオケ、雀荘、ナイトクラブだけでなく、カラオケ、ゲーセンもこれに含まれます。

この業種は「陰陽」でいうと「陰」に分類され、同じく「陰」に含まれる幽霊の力を借りて、お客さんを呼び寄せるというものです。

幽霊に協力を仰ぐ方法ですが、あの世のお金を燃やし、幽霊にあげる方法が一般的のようです。もしそれでお客さんが来ない場合は、さらにお酒、肉などの食事も準備して幽霊に振る舞うところもあるようです。

香港では、「食べ物もお金もあげるから、私達に悪いことしないでね」という意味で、鶏肉・果物などの食べ物をお供えし、お線香とともに、あの世のお金を燃やし、幽霊にあげるという風習があります。一般的にはあの世の扉が開いて幽霊が巷に溢れるという旧暦7月(鬼節)に行います。

鬼節でも無いのに、バーや怪しげなお店の前で頻繁にあの世のお金を燃やしている人を見かけて「何やってんだろうな〜」と思っていました。まさか幽霊の力を借りて商売繁盛やってるとは思いもよりませんでした。

ちゃんとバイト代を幽霊に払って、仕事してもらってるなんて、ちょっと香港らしいかも、と思いました。(なんでも金次第)