香港、小さな場所だと思いきや。

香港の過去や現在を、斜め上の視点で観察。

妄想小説(閑話)「離縁状の行方」後編

女が置いた離縁状。

自分の誤解に気づいた男。

その男が取った行動は、愚の骨頂とも言うべきものだった。

そして、その男を想っていた女の次の行動は・・・。

 

 

「ここね。」

彼のにおいをたどってその女の部屋を探しにきた。彼の匂いが目の前にそびえ立つドアの隙間から漂ってくる。部屋の中へ身体を滑り込ませるとコンバットの甘い香りが私を包み込む。この部屋で間違いないわ。

女の所へは行かず、トイレにそっと身を隠す。ここに彼が通っていたのかと、ぼんやり考えながら、眠りについた。

 

何か大きな物が動く気配を感じて目を覚ます。あぁ、あの女が起きたのね。その気配がこっちに近づいてくる。私は身を隠すべきかどうか迷ったけれど、結局そのままいる事にした。だって、あの女を見に来たんだもの。

あの女が入ってきた。そして、すぐ気付いた。私に。ジッと見ている視線を感じる。微動だにせず、私を見ている。そのまま、数秒。「殺されるのかしら?」と思った頃、女はそのまま外に出て行った。

「ふっ。本当、馬鹿ね、あいつ。何もされなかったから『気に入られた』って勘違いしたのね。」

 

私は何か目的があってきた訳でもないので、何となく、そのままその家にとどまった。次の日も、その次の日も。女は何もしない。ただ呆然としているだけだった。私も別に何もする当てもなく、そこにジッとしているだけだった。

あの女は、一度だけ私に向かって大きな音を立てた事があった。私が死んでいるんじゃないかと考えたのだろう。私が驚いて動くと、女はすぐに消えた。私はまた同じ場所に戻ってジットしていた。女はそれ以降、何もしてこなかった。

 

どのくらいたったのだろう。一週間?それとも二週間?いや、案外2、3日しか経っていないのかもしれない。私は何も考えず、ずっとそのままだった。生存も存在も全て放棄したような状態でたたずんでいた。そんなある日、女が動いた。コンバットを私の前に放り投げたのだ。

 

私はそれが彼が食べた物だと気がついた。コンバットはこの世に多くあるけれど、彼が食べたのはこの家の、あの女が用意した、これ。

あの女が彼に用意したのと同様、私のために放り投げたのだ。彼と同じ状況になっている。人も場所も、そしてコンバットも。全てが彼の時と同じ条件なのだ。

 

私はふらふらとコンバットに近づいた。コンバットの甘い香りが私を包み込む。彼もこうやって近づいたのだろう。そして、「人間の女に愛された」なんてとんでもない誤解だったと気づき、そのショックで思考回路が停止した中、自ら毒を口に含んだのだ。口の中に柔らかい感触が広がる。これを食べているのが自分なのか、彼なのか、分からなくなる。彼の記憶がこの部屋に残っているせいかしら?私は不思議にも幸せを感じる。今まで過去の記憶が一つの大きな固まりに変化する。そしてその固まりは私の思考を押しつぶす。

 

思考と同じように身体も麻痺が始まる。

そして更に思考が停まる。

・・・・・・・。

・・・。