妄想小説(閑話)「離縁状の行方」前編
女が置いた離縁状。
それを見て、やっと男は自分の誤解に気がついた。
男がとった行動は?
その男を密かに想っていた女の行動は?
女が凍り付いた様子で私を見てる。声すら出せずに、息をのむのが聞こえる。
やっぱりね。ふふっ。本当におかしいわ。あいつ、「人間の女が俺に見とれてた」なんて息巻いてたけれど、そんな訳ないじゃない。本当、うんざりするぐらい自分に自信がありすぎて、そういう空気が読めないのよね。そういう所、好きなんだけど。
「キャーーーーー!!!」
女の子達の悲鳴って耳につくわねぇ。
「いやだ!ジョージが倒れてる!!どうしちゃったの!?」
悲鳴をあげる割には誰も近寄らないのね。あら、やだ。みっともない。仰向けで足をバタバタさせちゃって。今にも死にそうじゃない。
「あいつ、人間の女にふられたらしいぜ」
「いい気味だよな〜」
まったく。同じ種族にすらモテない男がガタガタ言ってんじゃないわよ。
それにしても、何なの?失恋して、裏のスペイン料理屋のゴミ箱でサングリアのフルーツでも食べたのかしら?
「ちょっと通してくれる?」
私は遠巻きに見ているだけの仲間をかき分けて、ジョージに近づこうとした。
「えっ、やめた方がいいわよ」
あら、この娘。あれだけジョージに夢中だったくせにこうなると冷たいものね。それが我々としては正しい生き方なんだろうけれど。何で死にかけてるか分からないし、下手に毒でも移されたら、こっちの身が危ないものね。
その有り難い忠告を無視して少し近づくと甘い香りが彼の身体が漂ってくる。
「やっぱり、誰も近づこうとしないと思ったらそうだったのね」
私は思わず微笑んだ。彼の最後をみとるのは私になるのだろう。近づいて、彼に顔を近づける。
・・・・。
間違いないわ、このにおい。コンバットだわ。でも、どうして?こんな馬鹿な仕掛けに引っかかるようなあなたじゃないじゃない?しかも、私たちの所に戻ってくるなんて、私たちを全滅させる気?
「ちょっと、ジョージ。何、考えてんの?まさかそれ、知らなかった訳じゃないでしょう?そんな物食べて、どのツラ下げて戻ってきてんのよ。」
ひっくり返ったまま、もう起きる力がない彼は、小さく笑った。
「やっぱり違ったんだな。お前らが言う通りだった。人間が俺らの事、好きになる訳、なかった。。」
こんなだらしない格好、仲間の前でさらしてんじゃないわよ。いつも身体はピカピカに光って、動きも機敏で、やる事なす事の全てが生存と種族の繁栄のためだった。貴方ほど何においても「無駄」って言葉と無縁なゴキブリなんていなかった。
それが、最後の最後にこのザマ。
「さっき、俺、いつものように彼女の部屋に行ったんだ。いつも、俺を見るとずっと見ていてくれてさ。俺の姿を見せてやらなきゃって思ったんだ。なのに、部屋にあのにおいが充満しててさ。俺、絶句しちゃったよ。。はは。」
「・・・・。」
こっちが絶句するわよ。
何?それで、振られた勢いでコンバット食べて死ぬって言うの??人間のために、自ら死を選ぶって言うの??
馬鹿じゃない。今まで「生存」そのものを一番、体言してきた貴方がここに来て、こんな事。愚の骨頂もいい所だわ。笑えもしないじゃない。
「・・・・。ふぅ。」
ため息をついたかと思うと、彼はそれきり動かなくなった。私が好きだった彼の生涯はこうしてあっけなく幕を閉じた。